- 失われつつある伝統的な英国を抒情豊かに描いたブッカー賞受賞作
- 本書は、現代英国文学界を代表するカズオ・イシグロの、英語圏で最高の権威を持つ文学賞「ブッカー賞」’89年度受賞作。アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソンらが出演した映画にもなっている。
かつて政界の名士であるダーリントン卿のもとで自他共に名執事として許していた‘私’ことスティーブンスは、1956年の夏、新しい主人であるアメリカ人の富豪ファラディの好意で、ひとり自動車旅行に出かける。‘私’は昔の同僚で女中頭のミス・ケントンとの再会に胸膨らませながら、イギリスのすばらしい田園風景の中を西へ向かう。
旅の途中、‘私’の内によぎるのは、長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、ふたつの世界大戦の間に邸内でも催された外交会議の数々、そしてそんな中での自分の執事としての仕事ぶりだった。
本書は、慇懃丁寧ともいえる人生の黄昏を迎えた‘私’の述懐というスタイルで、じつに温和に、優しく、静かに語られるのだが、そこには、第二次大戦後、対ナチ協力者として葬り去られ、不名誉をもって亡くなったダーリントン卿や、いまやアメリカ人の富豪の所有するところとなってしまい、使用人も数えるほどしかいなくなった、由緒あるダーリントン・ホールなどに象徴される、今はその光を失った「古き善き大英帝国」の栄光に対する哀惜の心がうかがえる。
最期のシーンで、ミス・ケントンとの再会ののち、‘私’は涙しながら、新しい主人に対してアメリカ流のジョークの練習をしようと思い立つ。
本書は、失われつつある伝統的な英国が、執事である‘私’の述懐で抒情的に描かれた、心にしみる名作である。 - なるほど執事か!
- 執事ときたか。なるほど、これほどイギリス的な存在もあるまい。ミスター・スティーブンスの滅私奉公ぶりと職業的矜持が気高く語られる前半部。なるほどねえ、とふむふむ頷きながら読んだ。父子二代の執事とは!老いた父の最期は、静かな緊張感のある一幕だった。
後半の、見方を変えてカメラを少し引いたような描き方で、スティーブンスの石部金吉ぶりが描かれる。女心が分からなすぎるだろう!というか、自分の気持ちを自分でごまかしているだけじゃん!コミカルな部分と読むことも出来るし、スティーブンスの偏屈石頭ぶりにカチンときながら読むことも出来る。
終盤、ダーリントン卿とナチス・ドイツの関係が明確に語られることによって、スティーブンスの独白がすべて自分への言い訳だったことがはっきりする。私の人生は無駄だったのか?私の人生はすべて過ちだったのか?自分で自分に、いや、そうではなかったはずだ…と彼は独白し続け、疲れ果てたのだ。
ミス・ケントン=ミセス・ベンに心からの祝福を述べて別れ、スティーブンスは静かに海を見る。もう心残りもないではないか。スティーブンス、寂しさと空白の中にあるその心の軽さ、それこそが自由なのだ。イギリスの若者たちが命をかけて守った自由なのだ。結果として一時は間違った力に荷担したとはいえ、一所懸命生きたからこそ、スティーブンス、その自由を楽しむ権利が君にはあるのだ。 - 想像のつかない生き方
- 私が読んだ3冊目のイシグロ作品である。
同じ作者のものを続けて読みたくなるのは久しぶりのような気がした。
それだけ、書き手としての実力があるのだと思う。
本書の主人公は今までに出会ったことのないようなタイプ、主人公としては地味すぎで、
まじめで、一歩間違えば退屈で面白みのない仕事人間なのだが、読み進めるうちに
その人柄のとりことなってしまう。
自分のやるべきことをひたすらにやる。
主人公である執事がしているのはただそれだけのことだ。
しかし、ただそれだけのことがどれほど困難か、社会に出て働いた経験がなくとも
挫折を経験した人なら分かるのではないだろうか。
彼が得る満足感というものは、私には想像がつかない。
ただ彼が貫いた生きる姿勢は尊敬に値すると思う。
本作品は人生に迷ったり、途方に暮れてしまったときにヒントになるかもしれない。 - イギリス執事の青春回想録
- 名家に仕える執事として、歴史の裏面史を見ながら、主人に仕えることにより人生の意義を見出している主人公が、戦後にやってきたアメリカ人に仕えることにより、自分の人生の意義に疑問を感じながらも、なおより良い執事になるべく努力しようとするところで話は終わります。
話は、非常に抑えた雰囲気で展開していますが、話の全体から受ける印象は、明治期の夏目漱石や白樺派の青年期を描いた小説を思い起こさせるような感じを持ちました。
描かれているのは初老の執事の20数年前の回想ですが、若さゆえの自己満足、傲慢、他人への思いやりのなさ、思い上がりといった、青春小説のような内容です。
文章は読みにくいと思いましたが、内容は面白く、どんどん読み進みました。イギリスの執事の生活とはそんな感じだったのかとも思いながら読みましたが、小説の中で執事の生活の詳細が描かれているわけではなく、(作者のことはよく知りませんが)戦後に渡英した日系人が執事の生活にどれだけ詳しいか分らないので、中途半端な印象も持ちましたが、青春小説のような内容には、読んでいて、すがすがしさを感じました。 - 映画版は観ていたのですが
- あの映画からは、原作がまさかこんなに笑える部分のある小説だとは想像できませんでした。
イギリス流ユーモア。ちょっと意地が悪くて、でも私はそんな意地の悪さが大好き。
いやー、おもしろい。
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